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Muロケットよ、永遠なれ! − What is M Rocket? −

What is M Rocket?

〜Mロケットの概要、入門の入門〜

K-1画像 M(ミュー)ロケットは、 JAXA宇宙科学研究本部によって開発された、 世界的に見ても最も活躍している全段固体燃料による衛星打ち上げ用ロケットです。 この“M”(ミュー)という名称に付いてですが、 これは宇宙研の前身の東大生産技術研究所AVSA研究班時代、 当初の開発計画がアルファ、ベータ…と徐々にロケット (これは衛星打ち上げ用では無く、弾道飛行をする観測ロケットですので念の為)を大型化して行き、 最終的に「オメガ」ロケットで「20kgのペイロードを高度100kmに到達させる」という物だった事に由来するそうです。 但し現実にはA〜I迄は製作されず、いきなり“K”(カッパ)が作られる事になりました。 因に、これらの名称(と言うより型式?)はギリシャ読みですが、 記述するときは“K”、“L”、“M”などとラテン文字を使うのが習わしの様です。

MロケットのメーカーはIHIエアロスペースです。 この会社は戦後解体、分社された旧中島飛行機の一社で、 富士精密→プリンス自動車→日産自動車 と云う変遷を経て現在に到って居ります。 Mロケットの「産みの親」である糸川英夫博士は中島飛行機の出身で、 陸軍一式戦闘機「隼」、同二式戦闘機「鍾馗」の設計者として有名です。 糸川博士は、その後母校の東京大学に新設された第二工学部(後の生産技術研究所)の教授として終戦を迎える事となります。

M-4S-1画像 Mシリーズの初代、M-4S は、 その「父」に当たるL-4Sによる我が国初の人工衛星「おおすみ」の打ち上げから6ヶ月後の1970年9月に初号機の打ち上げに失敗するも、 3ヶ月後の1971年1月には早くも2号機によって最初の人工衛星「たんせい」を軌道に投入しました。 このM-4Sは、L-4S同様全段誘導制御をしない「無誘導重力ターン」と呼ばれる凡そ他に類を見ない独特の方法で打ち上げられて居ます。 無誘導による打ち上げを採用した理由として先ず誘導制御技術の開発の遅れが挙げられますが、 その原因としては技術的問題より寧ろ政治的問題の方が大きかった様です(この辺りの詳細は「参考文献・リンク」の文献を御参照下さい)。

ともあれ、以来Mロケットは着実な進化を遂げつつ、 数々の科学衛星、探査機を軌道に送り出して来ました。 2代目のMロケットであるM-3Cは3段式となり、 第2段にTVC(Thrust Vector Control 推力方向制御装置)を搭載し、軌道投入の精度が格段に向上。 続くM-3Hは第1段を1セグメント(3m)延長し打ち上げ能力が5割増に。 更にM-3Sでは第1段にもTVCを装備、全段で誘導制御を実現。 そして1985年には第1段以外を全て新造したM-3SIIによって、全段個体ロケットとしては世界で初めて惑星軌道にハレー彗星探査機「さきがけ」「すいせい」を、 1990年には米ソ以外の国としては初めて月へ技術試験機「ひてん・はごろも」を送り出したのです。

M-3SII画像 Mロケットの歴史は様々な障害、困難との闘いの歴史でもあります。 東大がKロケットを打ち上げていた頃、 新たに宇宙開発に乗り出した旧科学技術庁との摩擦もその一端です。 科技庁と東大(文部省)とのロケット、宇宙開発の主導権を巡る争いは、

  • 東大(宇宙研)はMロケット(直径1.4m)以上のロケットの開発は行なわない (宇宙開発審議会昭和41年8月「人工衛星の打ち上げとその利用に関する長期計画」建議)
  • 科学衛星の打ち上げには東大のMロケットを、実用衛星には宇宙開発推進本部(宇宙開発事業団の発足により発展的に解消)のNロケットを使用する (同昭和42年9月の第4号諮問に対する答申)

等として一応の決着を見ました。 同時に取り沙汰されていた「宇宙開発機関の一元化」については、2003年のJAXA発足まで持ち越される事となります。

シリーズ最新、第5世代(M-VはM-4Sから数えて「6代目」のMロケットですが、 M-3HはM-3Cの第1段を延長しただけなのでM-3Cと「同世代」なのだそうです)のMロケットであるM-Vロケットは、 低軌道に1,800kgの打ち上げ能力を持つ世界最大級の個体ロケットです。 M-V-1画像 前述の通り東大−宇宙研のMロケットには、直径1.4m迄という制限が掛けられていたのですが

  • 低軌道に2t程度のロケットは全段個体の方がコスト的に有利
  • その開発は個体モータ開発技術の向上と人員の有効利用の面からも宇宙研で行なうのが適切
  • 内之浦射場の保安距離からもこのロケットの規模が限度である(これ以上大型のロケットを宇宙研で開発する事は有り得ない)

との理由により平成2(1990)年に直径2.5m、全てが新しいMシリーズの決定版とも言うべきM-Vロケットの開発が了承されました。

M-Vロケットには、 個体ロケット技術及び宇宙科学の更なる進展を目指し様々な新技術が意欲的に導入されました。 第1段ノズルにM-3SIIのブースターと同様の可動ノズルを採用、 1−2段分離時の第2段同時点火(Fire In the Hole)、 第3段に伸展ノズルを採用する等、 M-Vの完成によって我が国の個体ロケット技術は名実共に頂点を極めた、 と言っても過言では無いでしょう。

M-Vロケットは、スペースVLBI衛星MUSES-B「はるか」(HALCA)、 火星探査機PLANET-B「のぞみ」、 工学実験探査機MUSES-B「はやぶさ」、 X線天文衛星ASTRO-EII「すざく」、 赤外線天文衛星ASTRO-F「あかり」等の人工衛星、探査機を宇宙へ送り出し、 平成18年9月23日の7号機による太陽観測衛星「SOLAR-B 『ひので』」の打ち上げをもって運用を終了しました。 この辺りの経緯、詳細については本サイト「Mロケットの過去、現在、そして未来」、 更に詳しくは「参考文献・リンク」所載の書籍・ドキュメント等をご参照下さい。